2008年02月21日
日本のポピュラー音楽のコーラス
どんなものなんでしょう?
日本のポピュラー音楽においては、1970年代初頭から、赤い鳥(のち、コーラスグループのハイ・ファイ・セットとデュオの紙ふうせんに分裂)、チューリップ、オフコースなど、コーラスを重視するグループが多く存在した。しかし、ソロ歌手では、スタジオ・ミュージシャンやバックバンドとしてのコーラスがほとんど存在しなかったこともあり、荒井由実(ハイ・ファイ・セット、山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子、シンガーズスリー、タイムファイヴ、伊集加代子などが参加)などの例外的なケースを除いて、1970年代末まで、コーラスを積極的に用いる例はあまりなく、コーラスを専門に行う主要なスタジオ・ミュージシャンとしては、山川恵津子、比山清(貴咏史)、木戸やすひろ(泰弘)、くらいしか登場しなかったがこの3名に寄る混声コーラスはスタジオ界に旋風を巻き起こした。
このような状況を変えるきっかけともなったのは、1980年12月に山下達郎が発表した『On the Street Corner』であろう。これは、基本的に山下1人(吉田美奈子も1曲に参加)による、ア・カペラ・アルバムで、それまで、コンサートのために録りためていた作品をまとめたものであった。1980年には、シングル「Ride on Time」が大ヒットしており、この時期を逃したなら、二度とこのような特殊なアルバムを制作することなどかなわない(レコード会社が認めてくれない)と、本人の希望で急遽制作されたとも言われる。
1970年代から、自分の作品(レコード)に多重録音により自分の声をのせるということはなされていた。しかし、フォークの例などでは、あまり質は高くなく、また、山下達郎、竹内まりや)、八神純子、合唱団の経験が長い山本達彦などの例は、質が高いが、数も少なく、全体から見れば、ごく例外的なものであった。
しかし、必ずしもこのアルバムがその唯一の理由とまではいえないが、1980年以降は、状況は大きく変わり、自分自身による多重コーラスは、当然のものとなっていった。そのようなアーティストとしては、杉真理、安部恭弘、EPO、村田和人、楠瀬誠志郎など、枚挙に暇がない。
90年代を迎え、今日のJ-POPでの多重コーラスも楽器の一環としてのサウンドメイキングはビーイングの女性アーティストが取り組みと完成度も高く、大黒摩季や宇徳敬子といった女性シンガーソングライターが90年代中盤よりコーラスアレンジも自ら手がけ、なおかつ自身の声の多重録音の基礎をJ-POPにシンクロさせた。今日ではアイドルとアーティストの差別化の一環として作詞や作曲以外にも自身のコーラスが重視される傾向にもある。
(以上、ウィキペディアより引用)
昔からあるんですねー。
相互リンク
デリヘル 厚木 デリヘル 国分寺 デリヘル デリヘル ホームページ作成・デリヘル ホームページ制作・デリヘル 渋谷賃貸マンション 渋谷のエステ アリバイ
- by
- at 10:35